都住研ニュース

第22号 ●「京都市都心部のまちなみ保全・再生審議会提言」を読んで

都住研事務局長(当時)・龍谷大学法学部教授 広原盛明

2つの提言の連続性

 都住研はこれまで数々の意欲的なまちづくり提言を発表してきた。その中には「連担建築物設計制度」の創出のように、国の建築基準法の改正に影響を与えた提言までが含まれている。今回の「歩きたくなる京都」(平成13年6月発表)の提言は、その内容 からいっても発表されたタイミングからいっても、京都市まちなみ保全・再生審議会提言(平成14年5月発表)に大きな影響を与えたことはまず間違いない。
 これらの提言は、主として御池通・河原町通・五条通・堀川通で囲まれた都心部のいわゆる「田の字街区」あるいはその一部を対象にして、街区内から自動車通過交通を排除して歩行者天国の実施、歩行者のための安全快適環境の整備、伝統産業工房や歴史的建築物などを結ぶ都市居住文化の回遊ネットワークの形成、建物の高度・容積のダウンゾーニングを通しての職住共存型町家街区の整備と誘導、新旧住民のコミュニティ融合、町家や文化財などまちなみ資源継承のための財政支援など、数多くの貴重な内容が盛り込まれている。
 2つの提言の趣旨や内容は驚くほど共通性が多く、あたかも同一文書の前編後編のような印象さえ受ける。一民間組織の提言と権威ある京都市審議会の提言がこれほどの連続性をもち、かつその中から京都市都心部の新しい建築ルールがこの4月1日から早速実現に移されたところに、事態をめぐる情勢の急迫さと対応の緊急性がうかがわれる。以下、2つの提言を読んだ感想を思いつくままに記してみたい。

「景観エアポケット」としての京都市都心部

 今回の2つの提言の最大の特徴は、京都市都心部のあり方すなわち都心部の保全と再生に関する課題を真正面からまちづくりのテーマとして取り上げた点にある。周知の如く、京都市は歴史的風土保存区域の指定をはじめ、風致地区条例、伝統的建築物群保存地区条例、市街地景観整備条例などの積極的活用を通して、わが国の中でも最も先進的な景観行政を展開してきた都市である。これによって京都盆地を取り巻く周辺山麓部のほとんどが保全され、また市街地においても広範な美観地区の指定により、歴史文化財周辺の景観は壊滅的な破壊を免れてきた。
 しかしながら、このような景観保全のために張りめぐらせた各種の規制ネットワークの中で、「景観エアポケット」ともいうべき巨大な空白地帯がある。それが都心部である。京都市の都心部の用途地域は全て「商業地域」となっており、危険物を扱う工場・作業場以外はあらゆる建築物が可能になっている。また建築物の高度は31mから45m以下、容積率は600%から700%以下という高層・高容積指定がなされている。つまり全体として建築物の高さが相対的に低く抑えられている市街地の中で、都心部(と幹線道路沿道地域)が規制の網を突き破って事実上の青天井になっているのである。

金ピカの60年代、虚ろな60年代

 この背景には、近代都市計画における都心部とりわけ大都市都心部における高層建築群イメージの強力な浸透がある。都市経済・都市活動のコアであり高地価の都心部は最も高度集積的で高密な土地利用が求められるので、それを実現するには巨大高層建築物が最適だという考え方である。
 この都心イメージは土地利用の点でも理に適っており、経済活動のニーズにも合致していた。また耐震構造の発展や高速エレーベーターの開発など高層建築を可能にする技術も急速に進歩した。コルビジェの「輝ける都市」イメージが一世を風靡したのもその反映である。わが国の都市計画において、都心部は商業地域であり高層高容積地区であるとの考え方が普及したのは当然であった。
 このような都市像が世界的に急速に広まったのは、「ゴールデン・シックスティーズ」(金ピカの60年代)といわれた戦後の高度経済成長時代のことである。世界各国で高度経済成長下の都市再開発ブームが沸き起こり、大都市都心部では大規模プロジェクトが一斉に推進された。歴史と伝統を誇るヨーロッパ大都市でも例外ではなく、パリのモンパルナス新駅周辺再開発、ストックホルム業務中枢地区再開発などにおいても高層ビルが林立し、周辺市街地からは隔絶した高層建築群の都心部が出現した。だがその後、前者は周辺のまちなみに不協和音をもたらす存在として激しい市民の批判にさらされ、後者は見捨てられた犯罪の巣になるなど、すでに様相は現在一変している。「ゴールデン・シックスティーズ」は、いまイギリスでは「プア・シックスティーズ」(虚ろな60年代)といわれて反省しきりである。
 一方、同じヨーロッパでもイタリアでは少し様相が違った。ご多分にもれず都心部に再開発ブームは押し寄せたが、多くの都市では都市部の歴史的中心市街地(チエントロ・ヒストリコ)を辛うじて守り切った。例えば、コミュニティ単位の地区住民評議会がまちづくりで大活躍しているボローニアでは、都心部再開発のエネルギーを新副都心計画(丹下健三プラン)によって受け止め、歴史的中心市街地の保全・再生を図ったのである。ローマやフィレンツエのような大都市でも程度の差はあれ同様の方向が選択された。その選択が正しかったかどうかは、現在のイタリア都市の都心部の賑わいをみれば納得できる。京都市ではまだ間に合う「遅まきながら」ではあるが、今回の都住研まちづくり委員会や京都市審議会の提言を心から歓迎したいと思う。正直なところもはや大阪の都心部では遅いが、京都ならまだギリギリで間に合うかも知れないと期待するからである。長年の京都フアンであり京都サポーターである私の友人たちからは、東京人であれ外国人であれ、近年は「まちなか」は目をつぶってもっぱら「まちはずれ」を歩くと聞かされている。京都の歴史文化の遺伝子が最も深く埋め込まれ、京都の生活文化や京風の生活様式が最も色濃く染められているはずの「洛中」を避けて「洛外」を歩かざるをえないところに京都都心部の危機があり、現在の京都全体の危機があると思われるからである。
 都市が成長して大都市になり、大都市が拡大して大都市圏に成長していく都市成長時代には、都心部は高密高層化の一途を辿っていた。だが、東京圏はともかく関西圏の大都市にはもはやそのような可能性は全くない。都市成長時代は完全に終焉を告げ、それどころか今後は人口減少が確実視されている。都心部における衰退現象にどう対応するかが現実的課題として鋭く問われているのが、現在の姿なのである。このような時代の変り目に打ち出された今回の提言は、ポスト成長時代の京都の新しい都市像と都心イメージを提起するものであり、そのための社会実験の貴重なガイドラインを提供するものである。これらの提言が次から次へと実現されていくことを願って止まない。

「21世紀・京都の街づくり提言」(仮称)作成に向けて ●「歩きたくなる京都(みやこ)」 ●まちかどエッセイ(金沢の甍)

トップ > 都住研ニュース > 22号