都住研提言

◆第4次提言

 歩きたくなる京都(みやこ)
  2001年6月5日 京都市へ提出

[1]提言の背景〜都住研まちづくり委員会提言 背景〜

「白熱する都市間競争」
 第二次世界大戦で壊滅的な打撃を受けた日本はその後の超人的な努力と幸運で世界に冠たる経済大国を作り上げた。経済が活性化しその規模を拡大するにつれて都市は農村から膨大な労働人口を吸収し続けた。都市は人口の過剰な流入に懸念をしても、人口の減少等は考える必要はなかった。そのような現象が戦後40年近く続いたのである。
 しかし、近年の少子高齢化や人口の空洞化が都市の活力を奪いつつあり、近い将来には、大幅な人口の減少すら予測されており、こうした人口の減少に対応した施策立案能力の向上と行政システムの転換を迫られている。未来的な空想だが、市民にとってなんら魅力を感じない都市はいずれ市民に見捨てられゴーストタウン化する可能性があるのではないか。近い将来、都市が市民を選択するのではなく市民が都市を選択する時代が来る。すでに都市の中にはそのような傾向にある地域が見受けられる。
 これからの都市は人に居住して貰うために他都市より魅力があると思える環境を造る必要がある。それは活力ある経済環境であるかもしれず、アフォーダブルな居住環境であるかもしれない。また、高齢者にとって十分なサービスが行き届いた都市であるのかもしれない。ある種の人々は自然と共生できたり、地球環境に優しい都市に魅力を感じ、そのことだけで居住を選択する市民が出現するのかもしれない。
 新たな人材の流入や居住を促す京都の魅力とは何か。大学に学ぶ学生は、知的遊民として京都に独特の遊空間を与えてきたし、豊かな自然景観や多彩な産業、歴史的遺産である神社仏閣や個性的なまちなみは、年間4000万人に近い観光客を呼び寄せている。
 しかし、京都が単なる観光都市でないことは京都商法といわれる独特の土壌から育まれた活力のある大企業を多く輩出していることでもわかる。お茶、お花に代表される高い生活文化に根ざしたものづくりの文化の独自性が世界との交流を容易にしているのである。こうした京都らしさは、必ずしも形に現れるだけではなく、多様な価値観を持つ人が密度高く住む都市の中で、お互いに調和しながら暮らす知恵が凝縮された、はんなりとした京ことばに代表される都市居住文化や、こうした文化を共有する自営業、職人、自由業、経済人、学識経験者といった多様な人材の存在によって育まれてきた。
 近年の都市型観光においても、こうした人と人の交流を通じてそれぞれの都市の文化を実感することに関心が高まっている。その逆に、人を失い、固有の文化を感じることができないで、空間だけが整備された都市には何も魅力を感じないのである。
 京都にはまだまだ都市居住文化を継承している多くの市民が存在しており、その多くは京町家という空間に暮らしの基盤を置いている。このため、京都は、それぞれの地域に固有の資源や個性を魅力と感じ誇りに思う市民が、特に都心部においては、京町家居住者がより豊かに暮らせるまちづくりを進めていく必要がある。
 また、こうした市民が豊かに暮らせるまちづくりは、新たに流入する人に暮らし易いまちづくりでもあり、京都を活力ある都市でありつづけることを可能にするものでもある。京都で多感な学生時代を過ごす人は数多くいる。観光で京都を訪れ数日間逗留する人がいる。しばらくの間、単身赴任で仕事をする人がいる。沖縄や北海道にいて京都新聞を定期購読している人がいる。 これらの潜在的な京都ファンは条件さえ合えば京都に居住することを願っている。

 京都には、美しい町並みを形成している地域が少なくないが、全体的に見ると都市景観は整っているとは言い難い。ヨーロッパの整備された街区と比較するとややアジア的なカオスを感じさせる雑多な建築物が林立する都市である。
 例えば京都の代表的な商業地である河原町通りは数多くのゲームセンターやパチンコ等の遊技場が顔を並べる、ありふれた繁華街になりつつある。この町には若者を引きつける店舗はあっても、決して京都らしさを実感させる商業地であるとはいえなくなっており、そのことに失望を感じる観光客や居住者がいることも事実である。市民や観光客がこの通りを散策して「京都らしい商業地を歩いた」と満足を感じる人は少ない。
 一方、京都市民は、より京都らしいまちなみを残すことに大変な努力を重ねてきている。それらは、観光資源として、あるいは京都市民の生活の潤いの場や、アイデンティティそのものとして行政との連携の有無にかかわらず一定の成果を上げている事例も少なくない。こうした市民の個人的な努力による取組の成果を積極的に位置づけ、都心部の典型的な地域に限定して、これらを潜在的観光資源として活用を検討したり、京都市民の価値観を共有させる存在として積極的に整備していくことができないものであろうか。
 観光で京都を訪れる人々は、京都をパリやローマのように都市全体を保全し日本人の故郷のように整備せよという。そのような潜在的な要求が時として俵屋やポンデザール橋のような不条理な議論を呼び起こすことになる。もし、147万市民の大多数が観光で暮らしを営んでいるのであればそのような議論も否定できないが、京都には数十もの上場企業があり、そのすそ野に何千という企業が存在しているのである。また12万もの学生が暮らす大学都市でもある。観光客のための景観保全によって、都市としての活力を奪うようであれば本末転倒の論議になってしまう。
 しかしながら、京都が都市間競争を勝ち抜くために、最も効果的で賢明な施策を検討するときに「京都らしさ」という概念を除くことは考えられない。そして、人と人の優しく曖昧な関係の上に積み上げてきた多様性にこそ、「京都らしさ」の本質があり、その空間構成の原点が京町家にある。京都は、決してローマでもパリでもベネチアでもない。アジアの中のカオスが微かに漂う都市である。このような都市にヨーロッパの歴史的街区のように透徹した一本の思想を貫かせることは至難の業であり、そのような論は空想であると考えた方が良い。暮らし易いことを前提に生活環境を整備していく、しかも従前の建築を阻害することなく新しい建築を積み重ねてまちなみを形成していくことにより「多様性」を活かしていくこと、具体的には人がその町を歩いて楽しい、歩きたくなるまちづくりこそが「京都らしい」まちづくりの基本理念となるのではないだろうか。そして、当面、京都の中の京都といえる中心市街地においてこうした「京都らしい」まちづくりを集中的に実践していくことが、多くの京都市民と日本国民の双方の共感を得る施策となるのではないだろうか。
 このとき、御池通、河原町通、四条通、烏丸通に囲まれた地域がその施策を検討していくに相応しい中心市街地である。この地域は商業地とはいえ、いまだに低層の京町家や旅館、木造系の商業店舗の残るまちなみを形成しており、老舗も多く京都で最も魅力的な商業地の1つであり、歩くことの楽しい地域である。京都観光に来た人々も河原町、四条、新京極、錦等を観光しながら京都ならではの商品を揃え、まちなみを楽しむ場所として訪れる、若い商業者も集まりはじめ活力のある町でもある。またこの地域は秀吉の頃の街割りから大きく変わることなく、中・近世の京都がこのような町並みであったのかと彷彿とさせる面影を残す極めて珍しい地域でもある。
 しかしながら、一方では、今日、猛烈な勢いで高層マンションが建ち続けている。この地域の道路幅員は6m前後であり、道路の広さからしても本来高層マンションが建つべき地域ではない。ところが都心部ということもあり、都市計画で、商業地域・31m高度地区に指定された。このことにより商業地としては最も京都らしいまちなみの残っているこの地域に違和感のある高層マンションが林立しているのである。
 都市は都心部の商業地に個性ある顔を持つことにより都市としてのアイデンティティを持つ。現在の景観だけ考えるならこの地区は、すでに京都らしいとは言い難いまちなみになっているのかもしれない。しかし、そこに住む多くの住民は、必ずしも悲観はしていない。この町の暮らしに誇りを持ち、この町の暮らしと交流が可能な新しい人材や資本を受け入れようとしており、そうした取組にこの地域の可能性を感じさせる。こうした地域住民の力をよりどころに、新しいまちづくりの理念に基づく施策を導入することにより、京都を代表する商業地として変貌する可能性を持つ地域である。
 今回の提言にあるゾーンとしての歩行者天国の提案は、実現すれば日本ではじめての施策であり、マスコミをはじめとする多くの関係者や国民だけでなく市民の関心を引きつけ、市民参加によるまちづくりの実践が可能になる。さらに、このことにより地域住民の生活に潤いが生じ、潜在的な京都ファンの京都への居住を促進し、さらにこうした地域住民と新たに転入してくる住民や資本による自立的な取組が促進され、京都の都市経営の道しるべになるエポックメーキングな施策となることを展望するものである。

[2]提言街区の現状と課題

 提言の対象は、都心部で職住共存地域と位置付けられている地域の内、河原町通、四条通、烏丸通及び御池通に囲まれた街区とする。

 この街区は、近年、長期の人口減少がマンション建設による人口増加に転じているものの、高齢化の進行や伝統産業の低迷に伴う企業の転・廃業によって、コミュニティの衰退と同時に中高層のマンションへ土地利用の転換が進行しており、町の魅力と活力の低下が懸念されている。しかしながら、この街区には京扇子、京友禅、西陣織、京菓子、表具、古美術などを営む「京の老舗」が数多く、今なお市民をはじめ内外から高い評価を得ている。
 また、三条通の界わい景観整備地区には近代建築が建ち並び、まちなかには、文化財等に指定された多くの歴史的な建築物も多く、歴史的遺産に恵まれた京都ならではの地域を形成している。
 今後、個性と魅力ある職住共存のまちづくりを進めていくために、これらの地域資源をネットワークした回遊空間の整備を図り、京都市民をはじめ内外の観光客が豊かに交流することができる京都を象徴するまちとして再生していくことが望まれる。
 合わせて、こうした地域資源と調和する質の高い新しい建築物を誘導すると共に、多様な都市機能や居住環境の整備を図り、誰もが歩きたくなる京都(みやこ)とすることが望まれる。

[3]提言

(1)街区内道路における歩行者天国の実施
 平安京創建当時の都市の骨格が色濃く残るこの街区の道路の多くは、幅員が前後の狭隘な道路である。
 そして、こうした道路に面して多くの市民が生活しているが、本来、歩行者を前提としてきた道路を車が占有し、車優先の道路となっている。
 今後、人が主役の歩きたくなるまちづくりを実現していくため、公共交通体系の充実整備を図りながら、道路構造を改善し、安全に安心して楽しく歩けるまちづくりが望まれる。
 このため、緊急対策として、当面、土・日曜日に限定しながら、市民の協力を得て街区内道路を歩行者天国とすると共に、道路のバリアフリー化を図ることが望まれる。
  1)街区内道路の歩行者天国の実施(当面、土・日曜日に限定)
  2)道路のバリアフリー化

(2)安全快適な都市環境の整備
 この街区の道路上にも、電線、電話線などが張り巡らされて雑多なまちなみの印象を与えると共に、電柱は通行の障害となっている。
 今後、人が主役のまちづくりの観点からも、電線などの地中化を促進すると共に、道路舗装を歴史的なまちなみにふさわしい石畳とすることが望まれる。
 また、かつては、都心を中心に通りの辻々に某製薬会社の町名表示板が設置され市民に親しまれていたが、近年その姿が徐々に失われている。今後、市民の協力を得て、新たな町名表示板を設置し、市民をはじめ観光客にわかりやすくやさしい町としていくことが望まれる。
 さらに、通りに面した空地などを、その一部を店舗などとして活用しながら誰もが安らぐことのできる休憩スポットとして整備していくことも望まれる。
  1)電線類の地中化の促進
  2)舗装(石畳)の整備
  3)新たな町名表示板の設置
  4)休憩スポットの整備

(3)産業と文化の連携した回遊空間の形成
 かつて、この街区は、伝統産業を中心とした職と住の一致する暮らしと賑わいがあったが、近年、伝統産業の衰退と共に専用住宅比率が高まりつつある。しかしながら、今なお、各種の「京の老舗」が点在しており、訪れる人に京都らしさを感じさせる場所となっている。今後は、伝統産業に関する工房やアンテナショップなどを誘致し、職住が共存するまちとしての賑わいを取り戻すことが望まれる。
 また、三条通を中心として、明治・大正期の洋館建築が多く存在する一方で、近世の暮らしを感じさせる京町家も多く点在しており、近世、近代の歴史の積み重ねを感じさせる場所として市民に親しまれている。さらに、近年、若い人たちが中心となって、こうした歴史的な建築物を店舗やギャラリー、ミニ博物館として再生・活用する動きが活発になっている。今後は、こうした歴史的な建築物の積極的な保全・再生さらには活用を促進することが望まれる。同時に、こうした施設を回遊しながら京都らしさを堪能できるように、多くの関係者の連携で回遊マップを作成したり、京都市民と観光客等が交流する中で奥深い京都の都市居住文化を体感できる小規模な座談会、公演、展示会などの連続イベントを開催するなど、都市居住文化の回遊ネットワークの形成が望まれる。
  1)都市居住文化の回遊ネットワークの形成
  2)伝統産業の振興
  3)歴史的建築物の保全・再生

(4)町家街区の整備・誘導
 近年、この街区において京町家などから中高層の建築物への建替更新が進み、既存のまちなみとの不調和が顕著になってきている。この大きな要因は、都市計画において商業地域に指定され、容積率が400%、高さ制限が31mとなっていることにある。また、こうした中高層化の大半が共同住宅であり、店舗や事務所の減少により、まちの賑わいが失われつつある。
 このため、既存のまちなみとの調和を図るために建築物の壁面線を指定すると同時に、できる限り道路に面した階部分に店舗などの設置を誘導していくことが望まれる。
 さらに、既存の道路基盤を前提とするならば、建築物の高さを、市民の合意形成を図りながら、誘導容積制の導入をはじめ、道路幅員に見合った高さ制限の導入、高度地区制限を31mから20mに引き下げる等、何らかのダウンゾーニングを実施することが喫緊の課題として望まれる。
 また、こうした形態のコントロールと合わせて、地域のまちづくりの活動との連動を図りながら、町家型共同住宅の積極的な普及や、袋路再生の支援を促進していくことが望まれる。
  1)市民合意によるダウンゾーニングの実施
  2)壁面線の指定と建築物一階への店舗などの設置誘導
  3)町家型共同住宅の普及促進
  4)袋路再生の支援

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