都住研ニュース
第71号 ●視察レポート 長野のストックとコミュニティの未来を歩く
--駅前再開発、空き庭のコモンズ化、そして歴史的建築の継承
都市の変化スピードが高まる現代において、私たちは地域の文化やコミュニティをいかに次世代へ引き継いでいけるのでしょうか。今回、都住研では長野県長野市を再び訪問し、駅前再開発の現場から郊外のエリアリノベーション、歴史的駅舎の保存活動まで、最前線でまちづくりに挑むキーパーソンたちを訪ねました。
■ 駅前再開発と「まちの文化」の行く末
案内人:小田切 奈々子 氏(NPO法人 豆ってぇ鬼無里)
1988年の長野オリンピック開催時に行われた長野駅前(A-1地区)の再開発に続き、現在は新たな「B-1地区」の複合ビル(地上20階建て、店舗・事務所・住宅約180戸)の計画が進められています。この開発計画が進む現場を、17年前に長野市へ移住し、電気工事や左官を手がける夫とともに善光寺門前のリノベーションに深く携わってきた小田切奈々子さんに案内していただきました。
現在計画が進むB-1地区は、昔ながらの賑わいと情緒が今なお息づくエリアです。その街区中央に位置するのが、築70年を超える映画館「千石劇場」。単なる商業施設ではなく、封切り作品も上映される地域の文化拠点として愛されてきました。
かつてA-1地区が再開発された際、駅前の「顔」であった本屋が姿を消しました。この経験から、地域の方々は「文化拠点の喪失」に強い危機感を抱いています。小田切さんたちは千石劇場の保全を求める署名活動を行い、4,000筆におよぶ市民の切実な声が長野市へと提出されました。
地権者、テナント、市民、そして行政。それぞれが駅前の未来に熱い思いを抱いているものの、現状は情報の風通しが十分とはいえず、まちの将来像を共有しきれていない課題も見えてきました。都市の「近代化」と「文化の継承」をどう両立させるか、対話の場のあり方が問われています。
■ 空き家活用から「空き庭・農」の活用へ
訪問先:宮本 圭 氏(シーンデザイン建築設計事務所)
続いて訪問したのは、2024年2月に続き2回目の立ち寄りとなる、建築家の宮本圭さんの事務所です。戸建て住宅をリノベーションした建物は、1階がギャラリー、2階が設計事務所となっており、それ自体がリノベーションの好サンプルとなっています。
宮本さんは、善光寺門前で有名な七味唐辛子店「八幡屋礒五郎」の香辛料研究所のデザインを手がけており、そこでの植物栽培(ガーデンプロジェクト)を契機に、活動の場を「農業」へと広げておられます。
市街地では「空き家」が深刻な課題ですが、山間部(2024年に訪問した飯綱リゾートなど)では「空き牧場」や「空き牛舎」の増加が顕著だそうです。宮本さんは、かつてハーブ園として使われていた広大な土地(8,700m2)を引き継ぎ、現在はヘーゼルナッツの栽培に挑戦中。さらに、環境省も推進する「協生農法」(生態系の多様性を活かした無肥料・無農薬の農法)を実践し、事務所でも苗を育てるなど、アグリツーリズム(農業観光)の展開を視野に入れた空間づくりを進めています。
■ 庭と植物が紡ぐ、動植物の循環コミュニティ
訪問先:信州大学工学部建築学科 佐倉研究室「まち畑プロジェクト」
建築を社会や自然環境に取り戻すための研究と実践を続ける、信州大学の佐倉研究室。2017年から空き家を借り受け、大学院生が改修しながら暮らしている拠点を訪れました。敷地内では鶏が飼われ、卵を収穫するなど、日常の中に自給の循環が組み込まれていました。
佐倉研究室がユニークなのは、建物としての空き家だけでなく、「空き庭」という緑地空間に着目している点です。これまでも「まち畑プロジェクト」をはじめ、「すけろくガーデン」や「ヤギのいる庭」など、多様な社会実験を展開してきました。
空き庭活用の3つのメリットとして、以下の3点を指摘されました。
・高い合意形成力: 空き家そのものの活用に比べ、所有者の心理的ハードルが低く、つながりや理解を得やすい。
・ストーリーの再生: 庭が持っていた過去の記憶や歴史を盛り込んだリデザインを行える。
・生態系循環の提案: 人間だけでなく、動植物を含めた「小さな生態系・資源の循環」をまちなかに生み出すことができる。
前述の宮本さんとも連携しながら、2023年からは「信級(のぶしな)すみずみLab」を展開。「みんなで創るお裾分けの里」を目指し、建築や土地の所有概念を緩やかに開き、コモンズとして再生する試みが続いています。
■ 旧松代駅舎を未来へつなぐ市民の熱意
訪問先:旧松代駅周辺
最後に訪れたのは、真田十万石の城下町としての面影を濃く残す歴史の街・松代(まつしろ)です。ここでは、新道路建設に伴い解体の危機に瀕していた「旧松代駅舎(築100年以上、2012年廃線)」の保存・活用を求め、アーティストの鶴田智也さん(「古き良き未来地図」を企画)たちは長野市に対して代替案を提案する活動を展開してきました。
かつては撤去予定だった駅舎ですが、現在はバスの待合所として暫定利用されており、市民の熱意によって「曳家(ひきや)」による建物の移設・保存がされる見込みです。
近くの「まち歩きセンター」には、2022年に実施された『松代駅舎100寿祭』の写真が誇らしげに掲示されており、この駅舎がいかに地域住民に愛されてきたかを物語っています。松代城跡や武家屋敷、そして第二次世界大戦の遺構である「松代象山地下壕」といった多様な歴史レイヤーを持つこの地で、100年のシンボルである駅舎が守られた意味は極めて大きいといえます。
[総括]視察を終えて
今回の長野視察で目にしたのは、スクラップ・アンド・ビルド型の都市開発に対する、市民や専門家側からの「空間の質」と「対話」を求める具体的なアプローチでした。映画館の保全署名、空き庭を介した生態系の回復、そして歴史的駅舎の曳家保存。これらはすべて、単に古いものを残すノスタルジーではなく、これからの都市を豊かに生き抜くための「生存戦略」としてのまちづくりを示しています。建築や不動産のハードウェアに、いかにしてコミュニティというソフトウェアを実装していくか。長野での活動は、私たちに多くの示唆を与えてくれています。