都住研ニュース

第57号 ●定例会ダイジェスト

 定例会では様々な講師を毎回お迎えして、各テーマの専門的なお話をお伺いしています。そしてグループごとにディスカッション・発表を行い、様々な専門性をコラボレーションする場にもなっています。
ここでは、これまでに開催した定例会のダイジェストをお伝えします。

■第62回(平成28年11月16日)

 「開発するにも、売買するにも、とにかく扱いにくい路地」が、近年は「京都の価値と魅力を更に向上させる可能性を秘めた原石」になってきている。
 第62回定例会では京都市内の路地の特徴を改めて見つめ、未来のまちづくりを見据えるパネルディスカッションを行い、京都の価値を上げることができる路地の再生・継承の方法を探った。 

路地の時代がやってきた! 〜路地の未来のつくりかた入門

1.都住研提言の報告

 冒頭に事務局から、提言の概要に関する報告を行った。加えて、本提言の特徴であるケーススタディを西村代表代行が紹介。これは京都市都心部にある典型的な架空の路地空間を対象に「(1)更新型」「(2)まちなみ保全型」の2パターンで継承・更新の方向性を示し、現時点で可能なこと、課題となっていることを明らかにした。
 ケーススタディの考察として、整備を推進するところは不動産事業者がサポート役となりコーディネートしていくことが期待され、町並みを保存していくには、開発などが伴わない限り時間がかかる取組となってしまう点が指摘された。今後は面的な展開も視野に入れて、不動産事業者がリーダーシップをとりながら事業採算性を担保しつつ展開する重要性が指摘された。

2.京都市の取組 〜これまでとこれから

講師:文山 達昭 氏(京都市都市計画局まち再生・創造推進室密集市街地・細街路対策課長)

 京都市の路地対策が大きく動き出したのは平成24年の「歴史都市京都における密集市街地対策等の取組方針」及び「京都市細街路対策指針」の策定から。同年に11の地区を「優先的に防災まちづくりを進める地区」に選定し、元学区単位の防災まちづくりを開始。また、あわせて、細街路対策事業を創設。これは、袋路の避難安全性を高めることを目的に、2方向避難を可能する緊急避難経路の整備や袋路始端部の耐震・防火改修をする場合に工事費を助成するもの。
 平成26年4月には、「路地のある町並みを再生するための新たな道路指定制度」を施行。袋路の2項道路指定や1.8m未満の道の6項指定、2項道路の後退距離の緩和(3項指定)など路地の特性に応じた多様な制度を整備した。また、同年7月には、まちの安全性を高めることを目的に、「防災まちづくり推進事業」として、老朽空き家等の除却事業、空き家の除却跡地や空き地を地域のための防災広場に整備する「まちなかコモンズ」整備事業、避難通路に面する危険なブロック塀を安全な塀などに改善する事業の3つの補助事業を創設。
 27年度には、学区や路地単位のまちづくりを対象に専門家を派遣する制度を創設。28年度には道路指定に関する実費等の補助制度や耐震改修における優遇措置なども創設した。これらの事業や制度は、優先地区を中心に、着実に実績が積みあがってきている。
 また、近年のトピックとしては、東山区の六原学区で、市の補助事業を活用し、地域が策定した「防災まちづくり計画」を見える化することを目的に、路地ごとに愛称を付け銘板を設置する取組を展開。この愛称は消防指令システムに搭載され、路地名を告げるだけで、消防・救急が駆けつけるという効果も生んでいる。
 現在は都住研の提言を受ける形で、「大切にしたい京都の路地選」を実施。都住研と連携して「路地保全・再生デザインガイドブック」の制作も進めている。さらに「京都型密集市街地再生事業」の検討も進めており、現制度では対応できない面的な事業による再生の検討も始めている。

【パネルディスカッション】

パネリスト
 高田光雄氏(京都大学大学院工学研究科 教授
 西村孝平氏(株式会社八清 代表取締役)
 文山達昭氏(京都市まち再生・創造推進室密集市街地・細街路対策課長)
コーディネーター
 高木伸人氏(都住研 事務局長)

路地の再生、この数年の動きと今後の展開

会場の様子 高田:路地の価値を見直し、再生をしていこうという動きは、この10年世界中で進んでいる。細街路文化の発見の文脈の中に位置づけられる。都市化の中でヒューマンスケールを持っていること、そして多様な価値が多面的に存在することが評価されている。
 路地は単純な評価だけでなく、多面的な価値で評価すべきで、とりわけ京都は都市景観の流れも重要である。建替えができないことで、結果として景観の保全がされてきた。もう少し、防災面での安全性も重視していく必要もあるのだが、それによって文化的な価値が否定されたり、壊されていくのではなく、知恵を絞って安全性を確保しながら継承していくことが必要。

西村:以前は路地奥の物件は手を付けなかった。再建不可であり、ローンが付かないから売りにくい。既存不適格建築物である京町家をやり始めても、路地は手をつけなかった。しかし、知人から「騙されたと思ってやろう」と言われて手がけた。オープンハウスをした際、朝、東京からやってきた女性が物件を見たとたんキャッシュで買われた。路地奥の物件は相場が安い。連棟長屋の場合は、1戸分を改修しても過半の改修にならないのも大きい。それ以降、路地奥の物件をやり始めた。当社のホームページには再建不可物件を買う際のメリットとデメリットをビッシリと紹介している。やはり再建不可物件は嫌だという人もいる。事前に理解して購入することを勧めている。
 路地も色々あって、石畳で美しいものもあれば、洗濯物が並ぶものもある。私たちは、路地に洗濯物が干してあるような所は遠慮している。

高木:京都市の施策を詳しく紹介してもらったが、活用事例が少なかったり、制度が難しかったりということもあろうが、使い方のコツやヒントなどはあるのか。

文山:住民の目線では即効性のあるもの、路地の突き当たりに扉を付けて抜けられるようにするもの等路地環境を改善するものは関心が高い。
 事業者の方はこれらの面には関心が低い反面、少し先を見ての不動産価値という観点は得意にするところだろう。事業者の方々にはこれら両面を見据えて、住民の方々にも働きかけてもらえたらと考える。袋路の道路化については、「道路化=建替え」だけでなく、路地の不動産価値を高めていく手段としてもぜひ活用して欲しいと思う。

高木:フロアにおられる森重さんは、路地の調査をして居住者の生の声を聞いている。

森重:路地居住者にアンケート調査などをしているが、防災意識については、通り抜けの路地と袋路では意識が異なる。通り抜け路地は「特に困っていない」というのが大多数。今まで静かに機嫌良く暮らしているので騒がないで欲しい、という意識をお持ちの方も。一方袋路は何かしらの不安を感じている方が多い。路地も綺麗に維持しているオーナーもいるし、もてあましているところもある。袋路については、一人一人の事情を汲み取ることが大事。

西村:新たに路地に入ってくる人は、高齢者でない人が多い。しかしその若い人にとって洗濯物は干してあるような路地は嫌ではないか。路地は立地がよい、内装は自分流にアレンジできる等のメリットがある。しかし、入口に洗濯物が干してあると…。逆に、石畳が美しいような路地では下着は干されていない。地域性もあろうが、意識の違いも大きい。

高田:「下着が干してあるのはちょっと…」というのも一つの価値観。マーケットを一つの指標で順位づけることが難しくなってきているし、路地は多面的な価値観が路地の評価になってきている。同様に、施策も一つの価値観だけではうまく行きにくい。多面的な価値をどこまですくい上げ、対処できるかが重要。
 今回の提言でも言及しているが、路地の診断シートは必ずしも専門家が評価するためだけではなく、路地関係者が自己チェックするための使い方ができるし、多面的な見方を引き出すために創られた。生活感があふれる路地も、ポジティブ評価が出せるかもしれない。

路地の再生・継承に向けたそれぞれの役割

会場の様子 西村:ファイナンスが付くと売りやすい。町家は京都の地銀3つとも何らかの商品を用意している。路地奥についても、京都信用金庫は町家カルテがあればよいケースも。路地のニーズも高まっているし、流通性も高まってきている。さらに、税制が変わればもっと流通すると思う。

文山:補助事業や制度で支援できるとはいえ、公共事業でない限り、個々のハード改善は行政が直接のプレイヤーになるのは難しい。路地の保全・再生は住民・所有者はもとより民間セクターとの協働が必要。

さて、次なる展開は?

高田:多面的な価値については、多くの場合、個人にとっての価値の面だけでなく、社会的な価値、パブリックな視点からの議論が必要。例えば、子育て支援のための空間としてみると、かつて都市からこれは排除されてきたが、これを取り戻すために空き家や路地を活用することも考えられる。この点については事業者も行政ももっと考えて欲しい。子育て支援予算配分から見ても、もっと効率的な施策が推進できる可能性もある。路地管理運営についても社会運営やマネジメントの仕組みを創っていくことも大事。

西村:ろじマチ通信を開くと、私どもの子育て支援物件が紹介されている(晒屋町)。子育てのための路地空間として壁にチョークで絵が描けたり、奥には集会ができるようなスペースを設け、子どもがいる家庭を優遇している。高齢の私の母は、都心部の暮らしを手放したくなかった。会社近くの路地に転居し、周りの人に支えられながら暮らしている。事業者は、路地を再生していくメリットや魅力をもっと伝えていくことが大事だろう。

文山:地域の方々が最も喜ぶのは、自分たちの活動が目に見える形で具体化されること。一つの成功事例が生まれれば次もぜひとなる。路地の再生もその一つ。都住研に期待したいのは、連鎖的に続く再生のモデルを生み出し、一緒に発信できれば。そのためには、行政としてもより柔軟な制度運用を進めていきたい。

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