都住研ニュース

第47号 ●定例会ダイジェスト

 首都圏を中心に中古物件の「感性情報」を盛り込んだ不動産セレクトサイトである「東京R不動産」は、ユニークな視点から不動産物件を紹介、従来は市場に乗らなかったような中古物件と若者や企業を中心としたマッチングを数多く実施し、中古物件の流通に革新を起こしました。
 中古物件の流通には築年数や間取り等のスペックだけでなく、「感性情報」が重要と考えられています。またこのような試みを通じて、リノベーションやコンバージョンの技術的・法的課題、賃貸物件の「原状回復義務」「コンプライアンス」などの課題に向けた行動も実証的に取り組まれています。
 これらの先進的な取り組みを通じて、感性情報と中古住宅市場活性化の関係を学び、京都における新しい事業の可能性を考えます。

■第52回(平成24年2月24日)

 中古住宅市場を変える!感性情報 〜「R不動産」に学ぶ新たなビジネスモデル
 講師:馬場 正尊 氏(東京R不動産ディレクター/Open A代表/東北芸術工科大学 准教授)

馬場 正尊 氏  今日お話しさせていただくポイントのうち「感性情報」というのがありますが、これはわかりやすくすると「デザイン×メディア」と考えています。眠っている不動産、しかしある人にとっては魅力的なものを、デザインしてマーケットに問い直すことをこの8年ほど仕事として取り組んできました。今日お話しさせていただく「東京R不動産」の取組もその一つです。

■Rプロジェクトの始まり

 東京R不動産はwebサイトで月間ページビュー300万を数え3万人を超える会員を有しています。一見すると風変わりな物件ばかりを紹介していますが、サイトを通じて借りてくれる方が多数おられます。
 古い建物を対象とした取組を始めたのは、いわゆる「2003年問題」を契機としています。東京で進められていた開発が一気に完成する2003年にはオフィスが余ると言われていました。外資系で働く知人から「物件を買ったけど、売れなくなった。デザインなど付加価値を付ければ売れるのではないか」と相談を受けたことに始まります。今後、ますます建物が余っていく中で、これは大きなニーズになるのではないか、と感じたのです。そして「Rプロジェクト」を立ちあげました。Rの意味は “Revitalising” “Reuse” “Reform” 等の意味を持っています。

■アメリカでの取材と気付き

 プロジェクトの初めに、まずアメリカに取材に行きました。なぜアメリカかというと、ヨーロッパでは古い建物を使い続けているのはあたり前だったからです。そしてこのアメリカの取材では、様々な気付きがありました。
(LAの中華街の空き店舗を活用したギャラリー、ブックストア併設のカフェ、デパートのコンバージョン、マンハッタンとシカゴのコンバージョン物件等の紹介)
 現在では、「新築か、中古か、コンバージョン物件か」と選択肢の一つとして確立されています。中古やコンバージョン物件は、単に新築より安い、というだけではありません。オフィスをコンバージョンしたものは天井が高く、好きな人は好きなものです。これらの事例を取材して、日本でもこういうものがあっても良いのではないか、と考えました。

■東京R不動産の誕生

会場の様子  神田駅から徒歩5分、日本橋エリアには空き物件がたくさんありました。私の以前のオフィスは中目黒にありましたが、何か面白くないエリアでした。一方、日本橋エリアは交通至便で東京駅にも近い。しかし、ここでは倉庫などがたくさん空いています。そこで、オフィスとなるこの物件を日本橋に見つけました。これは不動産業者さんの「駐車場」というファイルにあった物件でした。これを白く塗って、窓を付けただけで随分と変わりました。
 この物件を借りる際、「原状回復義務」の壁がありました。業者さんとのやりとりの中で「空いていますよね」「こんなぼろで良いのか」というように、両者の間には埋めがたい感性の溝があることを実感しました。「これでいいのです」と説得するために、CGで改修をしたあとの状況を見せたり、改修費を自分たちで負担することで、しぶしぶオーナーさんはOKしてくれました。しかし、改修が終わるとオーナーさんはビックリして、喜んでいただけました。
 この経験を契機に、「空き物件から眺める東京」というブログを発信していましたが、紹介した物件に対して「これは借りられないのか」という問合せが入るようになりました。しかし、私は不動産についてはわかりません。そこで、仲間で不動産の仲介もできるようなサイトを整えました。これが、東京R不動産です。
 このサイトでは、写真と文章が中心で、「○○という問題があるが、しかし△△だ」と物件をキャラクター化して紹介、そしてそれぞれに対して14個のアイコンで類型しました。「レトロな味わい」等のアイコンもありますが、これはつまり築古な意味になりますので、従来の不動産仲介では良くない情報でした。これをこのように翻訳して、掲載しました。
 不動産をスペックや定量的な紹介ではなく、定性情報、感性情報として紹介しました。私は広告業界に居ましたので、このようなことは、いわばあたり前でした。例えば缶コーヒーの宣伝は何ml入っているかと伝えるのではなく味などを紹介します。しかしこのような発想は不動産業界には驚かれました。
 現在まで8年間このようなことをしてきましたが、ザックリした倉庫の空間を借りたい人が多いことに気づきました。しかし、なかなか借りられませんし、貸しません。また、著名な建築家が設計した名作の建築が「築古ぼろ物件」的に紹介されていたりしていました。同じ物件でも、違う情報を備えることで、バタバタと埋まるようなことになりました。同じものが、違うものにもなるのです。中には、「借りてくれた人に改装費として30万円を出す」という物件もあります。賃貸住宅でも、自分で改装したい人が居ます。しかし、その際には原状回復義務が壁となるのですが、オーナーにとっては、どうせ原状回復にかける費用を自分でやってもらい、その人が出るときにはバリューアップしている方が良い、という判断をされたものです。
 しかし、その際には契約書に悩みます。そこで私たちは「新しい原状」を提案しました。「改修して新しくなったものを、原状とする」としました。しかしそれは、従来の業界では「面倒くさいもの」であったようで、そこにも業界とのギャップを感じました。

■OpenAとしての仕事

会場風景  私は設計事務所をしていますが、東京R不動産を縁にリノベーションの仕事が来ます。「デザインもしてもらって、それが東京R不動産のサイトにも載り、仲介もしてくれる」というメリットを感じてくださっているのでしょう。こういった取組をしていく中で現在のマーケットの状況他ニーズも段々と見えてくるようになりました。
 この物件は、築20年のビルで6年間放置されていました。そして、投資家の人から相談がありました。当初は建物の価値はなく、解体撤去費用分を割り引くというもので、日本橋の倉庫街にありました。これを、1階部分は白く塗り、上の階の外壁タイルは味があるので残しました。1階はガラス張りとし、現在はヨガスタジオが入っておしゃれな人が出入りしています。地下駐車場は高級家具店のショールームとして使用されています。良いところを残し、新旧のコントラストを出すようにしました。
 デザインの方針は「選択と集中」。日本人は水回りが綺麗であることを望みますので丁寧に改修、新しくして、天井など手の届かないところはラフにしています。そして、このような物件を好む何人かを見つければ良いのです。「住んでも良いし、オフィスにしても良い」とSOHO的なものを用意します。そして、「ここからは自分で」というものにしています。30代を中心に、お仕着せの空間よりも自分のクリエイティビティをいかせる空間が好きな人も居ます。
(屋上からの眺めが素晴らしいオフィスビルを住宅にした物件、運河沿いにある倉庫をオフィス兼ショールームにコンバージョンした事例の紹介)
 これは、看板に「夕刊フジ」とありますが、かつては産経新聞の印刷所でした。港湾地区にあり、使われなくなって7年が経っていました。これを壊して新築マンションを建ててはどうかという話もあったようですが、場所の問題がありました。僕はここを見たとき、とても盛り上がりました。都心近くにこのような廃墟があったのですから。
 ここは輪転機を置いていましたので4層吹き抜けの空間がありました。ここに床を張ると増築扱いになります。考えた結果、ここを複合商業施設にしました。建物の名前は「タブロイド」。夕刊フジのDNAを活かしました。1階にカフェを入れ、オフィスやスタジオを備え、またライブができるような空間もあります。オープンイングの時には、レディ・ガガがシークレットライブをしました。エルメスの展示会もここでされました。壁にはテキストを埋め尽くしました。これも印刷所であったDNAを活かすためです。
 ここは、京都の「伊右衛門カフェ」もヒントになっていますが、エントランスを活用しています。企業の1階のエントランスはガランとしていることが多く、退屈で間延びしている空間です。また1円も生まない空間です。カフェを入れ、家賃を取れるようにしました。このような空間がないと、クリエイティビティを生まないと考えたこともあります。ここの屋上はおそらく東京一価値が高いと思っています。目の前で花火が上がります。ここも活用し、結婚式の二次会で利用されるような空間になっています。

■価値を発見して、デザインする

 一手間加え、眠っているものから価値を生み出すのが、リノベーションの魅力だと思います。これは、独身寮をリノベーションしたものです。バブルの頃は多くの企業が独身寮を備えていましたが、今では余っています。ここをシェアハウスとして、新しいタイプの下宿として再生しました。ビルディングタイプを活かし、プログラムを変えたのです。かつての厨房は面積を減らしてビリヤード台を置き、63部屋63人のコミュニケーションのきっかけを仕掛けました。共同浴場はシャワーブースに変え、浴場をなくしたことで不要になったボイラー室は、中古のトレーニングマシンを置いてジムにしました。これもあっという間に埋まりました。入居者の内6割は女性です。
 このようなシェアハウスは、SNSと似ていると感じています。プライバシーを保ちたいときは個室にいればいいのですが、誰かと話したくなると外に出れば良いのです。最近ではターゲットをセグメントしながら、共用部分に個性を持たせるところも増えています。

■観月橋団地

 「京都の住まい・まちづくり拝見!」参照

■団地R不動産

 観月橋団地の経験をもとに「団地R不動産」を立ちあげました。ここには、全国の魅力的な団地を紹介文章とともに掲載しています。どうすれば素敵に、魅力的に過ごせるか、ということを配慮し、ここもアイコンで類型しています。団地特有の「緑もさもさ」「子育てGOOD」「造形美」などユニークな切り口で12個のアイコンを用意しています。団地の魅力の内、伝えられていなかったものを伝えることが大事ですが、これは外からの飯かわからないのだと言うことを再認識しました。
 団地のストックは、UR団地だけで全国に76万戸あります。これらのストックをいかに使うか、ということも大事なテーマだと思います。眠っている可能性もたくさんあります。風の流れや緑の多さ、子どもの気配を感じられることなど、これらを活かしながら、デザインを変えて、流通の仕組み、情報の伝え方を変えていくことが大事だと思います。

■点から面へ

 これらの取り組みをまちに展開する試みも始めています。日本橋のエリアの空き物件をクラブやギャラリーに変え、エリア全体を変えていこうとしています。これは、いわば「まちをコンバージョンする」。点を面に繋げているところです。
 コンプライアンスについては、グレーな領域が大きい。建築基準法は新築をベースに設計されているので、コンバージョン物件はそれをどう解釈するかが重要です。僕たちは「安全側に移行するのであれば良い」と解釈して進めてきている。大手の会社の事業については法的には全てクリアーする必要がありますし、個人オーナーについては、グレーなところはグレーとし、遵法だけはきちんとしています。

福岡県の事例に学ぶ、不動産ビジネス ●京都の住まい・まちづくり拝見!
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