都住研ニュース

第23号 ●定例会ダイジェスト

定例会では様々な講師を毎回お迎えして、各テーマの専門的なお話をお伺いしています。そしてグループごとにディスカッション・発表を行い、様々な専門性をコラボレーションする場にもなっています。
ここでは、これまでに開催した定例会のダイジェストをお伝えします。

■第28回(平成15年5月6日)

 「私の京都哲学」
  吉田 忠嗣 氏 (吉忠株式会社取締役社長)

 「京都にはとても独特の経営風土があります。京都経済同友会での取組、そして私の会社に関することを通じて、私が感じている京都商法について、実感していることをお話ししたい」として、お話しいただきました。

【ファジーさにある京都の文化】

 京都のお商売は「表裏」「本音と建前」が上手にマッチして成り立っています。日常会話の中でも、突き詰めないファジーな会話の中で、ネゴシエーションが出来、仕事が成り立っているのです。しかし、ファジーさだけで成り立たないのも京都商法であり、裏付けに「信用」の有無があるのです。

【会社のこと】

 私は四代目ですが、初代の口癖は「商売は大衆と共にあり、時の流れに従う」というものでした。三代目の父の時に、呉服から洋服、テキスタイルへと大きな業態の展開を行いました。周囲は相当驚いたようですが、当時は戦後で、洋装の人も徐々に見られるようになっており、「着物文化も大事だけど、これからの時代は洋装だ」と時代の先を読んだのです。京都商法は、伝統の中にも革新を繰り返さないといけません。最良のものが伝統産業として残るのも事実ですが、私たちの会社は時代に応じて業態を転換することで、新しい伝統と文化を生み出したと思います。
 産業は、20年から30年の間で変わってきます。京都の企業は継続するために、人間関係を重視しながら、新しいことにも取り組んでいく必要があると思います。二代目は企業の社会貢献を重視し、大正6年に株式会社化しました。ガラス張りの経営をし、社員にも配当を与えることで頑張り甲斐を生み出し、新しい経営に挑戦しました。そして現在ではマネキン、ショウウィンドウという新しい産業も取り組んでいます。

【北イタリアの視察】

 昨年の11月に、伝統産業が元気な北イタリアに視察に行きました。北イタリアの産業はほとんどが中小・零細の企業で、家族を中心とした事業所でものづくりがされています。素晴らしい技術を持った職人の鞄や靴は大量生産できないので、かなり高価です。代金はほとんどが人件費です。しかし、これらは予約で一杯です。つまり、いいものを生産することでブランド力と信用力が付き商品が成り立っているのです。
 これらは伝統を守っているだけではありません。伝統の中に改革があるから、毎年売れているのです。そして職人達もそのための勉強と準備に労力を費やしています。

【京都経済同友会の取組】

 物質文明の社会がもてはやされてきましたが、私は京都がもう一度、日本の「まほろば」「文化首都」になって欲しいと思います。そしてこれを目指して、同友会では「21世紀委員会」を立ち上げ、「京都のための京都、日本にとっての京都、世界における京都とは何か『京都百年考』」を今年3月に出し、「宗教都市・京都の再構築」「文化芸術都市・京都の本格創造」「大学都市・京都の再生」を提言しました。京都が何百年も生き続け、リーダーシップを持ち続けるにはどうしたらいいか、それをどう発信したらいいか、という総論について、まとめています。半年間かけて、国際日本文化研究センターの学長や文化人、経済人などが毎月会合を重ねながらまとめました。
 京都しか文化を全面に出せるところはないと思います。現在はモノ中心の倫理観で、社会モラルの喪失、恵まれた環境下での甘えとエゴがあります。京都は、日本人の心の拠り所として機能することが求められると思います。
 文化首都・京都の再生については、都市再生本部に対しても緊急提言を行いました。今年2月には、都市における京町家等伝統的工法を生かす方法を検討する調査が国費で実施されます。この調査にも同友会の提言が生かされていると思います。
 京都の町並みは、古いものを守るだけでなく、新しいものを作りながら周辺と調和をとっていくことも大事だと思います。
 ご講演の後、参加者によるグループでの意見交換を行い、発表の後に吉田氏に総括いただきました。「京都は第二創業、バリュークリエイションが持ち味です。先人の教えをしっかり守って信用を得ながら、そこに創造を行うことが大事なのです」。
 京都の産業、暮らし、伝統、変遷と歩みをともにされてきた吉忠株式会社。京都が大きな転換期にある今日において、ものづくり産業として、そして企業として次代に向けて持つべき「心意気」について、ご教示いただきました。

■第29回(平成15年6月17日)

 「気色 けしき 景色そして景観」
  樋口 忠彦 氏(京都大学大学院工学研究科 教授)

 景観に関する著名な研究者であり、4月から京都大学に赴任された樋口氏をお招きしました。「私は京都に来て間がなく、まだ『よそ者』なのでぜひ皆さんのご意見も聞きたい」として、お話しいただきました。

【けしきと風景と景観】

 「けしき」というのは元々漢語で、平安時代に和語化していきました。一方「風景」は頻繁に使われていますが、古語辞典には出てきません。漢文調で文章を書くインテリ層が使っていた言葉で、明治以降に一般化していった言葉なのです。「景観」は翻訳語として1970年以降に普及しました。
 「風景」は、4世紀の中国で「発見」されました。中国の隠遁地の山水の世界がはじめて山水に遊ぶ「風景」として発見されたのです。それが6〜7世紀に日本に持ち込まれました。そしてそのころから、和歌で自然をほめる歌が洗練されていきました。

 自然があれば、風景があるというわけではありません。それを風景として見ることが必要です。山があれば、そこに山の風景があるわけでもない。風景として山を見るから、山の風景があるのです。アルプスを美しいと思うようになったのは、1700年代に入ってからであり、それまでは大地の醜いコブ、突起物、交通の邪魔者と形容されていたようです。

【様々な日本のけしき】

 『草木ものいう気色』『神々の気色』『国見のけしき』『四季の景色』など、日本にはたくさんの景色があります。
 「草木ものいう気色」は、アニマティックな気色ということができます。身のまわりの森羅万象に霊的な力を見るものです。井上ひさしが宮沢賢治の童話を上手く解読しています。賢治は擬声語を巧みに使っており、「風の又三郎」では、風を「ドッドドドドウドドドウ」と表現しています。
 「神々と祭の気色」は、神々が宿る太陽、月、雷、海、山、川、森、木、岩、水など森羅万象の気色、そして神々を迎え、もてなす祭りの気色を指しています。
 「国見の気色」は、万葉集の第1巻2番目にあるように、風景を誉める歌がのせられています。
 「四季の景色」について。『形見とて 何か残さむ 春は花 山時鳥 秋はもみじ葉』。これは良寛の辞世の句といわれています。日本人の季節感は、ここに極まれり、という歌です。京都新聞を読んでいて驚くのは、頻繁に季節の花が紙面に紹介されていることです。これは他の地域では考えられません。京都では四季の景色が日常的な文化になっているのに感心しています。

【洛中の景色】

 16世紀の初頭から、洛中洛外図が描かれるようになり、京都の四季や祭礼などが描かれています。注目すべきは、洛中の景色、すなわち、「まち」の景色が初めて描かれるようになったことです。この時期に、「まちの景色」が発見されたのではないか、と私は考えています。通りとまちが一体化した洛中の様子が生き生きと描かれています。現在の京都でも、近世の洛中の景色に似たものを感じることができます。私が京都に来て面白いと感じたことは、店の単位が小さいことで、店の種類が多様であることです。多様なまちの風景は、京都の魅力だと思います。

【京都のけしきの特徴】

 京都のけしきの特徴は、大きく3つあります。1つ目は「近代以前の日本のけしき(気色・けしき・景色)をよく留めていること」。草木ものいふ気色など、洛中の至る所に残している。またそのような「けしきの見方」もよく継承されています。2つ目は、「けしきを眺める場所が豊かであること」。自然の眺めや庭の眺めを楽しめる場所が豊かです。自然そのもののけしきについては、日本の他の盆地都市とくらべて特に優れているというわけではないですが、京都には自然を眺め、楽しめる場所がたくさんあります。京都は、世界的にも優れた風景文化都市であると思います。しかし、生き生きとした「まちのけしき」を眺める場所については、残念ながらヨーロッパの都市にはかないません。3つ目は、「近代以降『こうあるべきだ』という「けしきの像」を見失っていること」。特に京都は町家などの魅力をいかに再生するか、「まち」を眺める場所をいかに育てていくか、ということを考えていく必要があると思います。
 ご講演の後、グループディスカッションを行い、発表を行いました。最後に樋口氏からは「『けしき』というのは対象だけでなく、見方も大事なのです。そして現在の人間の見方だけではなく、将来の人間が何を学べるのか、という可能性も考えなければいけません。つまり、これまで継承されてきた「けしき」に更に魅力を付加していくことが必要です。何を残していくのかを考えることは、風景文化の継承と創造という環境文化に関わる大きな課題です」と総括をいただきました。私たち京都の人間が、京都の「けしき」を的確に捉え、評価し、そしていかに行動するかを改めて考える機会となりました。

■第30回(平成15年8月7日)

 「京都の交通政策」
  青木 定雄 氏(エムケイグループ オーナー)

 タクシー業界の中でシェアの10%、売り上げの20%を占める、斬新な事業を次々と展開されているエムケイグループのオーナー、青木氏をお招きし、ご講演いただきました。
 「私は『アイデアに富んでいる』と言われますが、特別なことをしているという意識はありません。私はタクシー事業を経験してきた中で、矛盾に感じてきたことを解決するために様々な方と一緒に勉強してきたことを実践していますが、常識的なことしか考えていません」。今回は青木氏にエムケイタクシーのこれまでの様々な取組、そして京都の交通政策の提言について、お話を伺いました。

【交通政策は住宅政策から】

 私は昭和35年に、10台の認可を受けてタクシーの仕事を始めました。当時のタクシー業界は、無断欠勤、無断遅刻が当たり前の世界でした。私はこれを無くすために色々調査した結果、運転手と家族の生活環境、住宅に問題があることを知りました。そして、これを改善するために様々な取組をしました。
 まずは借金をしながら、運転手の住宅の供給をしました。最初は1階に世帯向けの住宅、2階に独身者の住宅を併設したアパート形式のものです。その後2DKの住宅、46戸の団地と供給していきました。しかし、運転手の給料の割合に占める月々の住宅費の支払いが負担になることが、課題となりました。私は運転手の社会的な地位を上げるためにも給料を上げることにしました。周りからは随分心配されましたが、私はこのために勉強し、そしてエムケイは成長しました。つまり、賃金を上げると共に経営者も勉強しなければいけないのです。
 運転手の月収を上げましたが、私は月収に手をつけずに住宅費がまかなえるようにできないか、と考えました。そこで、家の前に車庫を造ることを考えました。それまで通勤に1時間かかっていても、通勤時間が無くなれば、その時間だけ余分に働くことができます。しかし、当初車庫を併設するための許可が運輸省から得られませんでした。この時から、運輸省と私の戦いが始まったと言えます。その後厳しい条件が付きましたが、許可が下りました。
 その後も住宅の分譲を進め、運転手の持ち家率は78.5%まで上昇しました。

【社員とのコミュニケーションと教育】

 私は、社員とマンツーマンでよく話をします。そしていかに経営の効率を上げるかについて議論します。そしてその内容について、社員には徹底的に教育します。通常タクシー運転手は近距離を嫌がります。しかし、エムケイの運転手は嫌な顔をしないように教育しています。このことでお客様は気持ちよく乗車でき、そして口コミで「エムケイは親切だ」と広がります。そして、エムケイを選択するお客様が増加しています。
 エムケイの教育は大変厳しいです。新入社員の教育は、街頭で行っています。「格好が悪い」と辞めていく人もいますが、残った人が実践しますので、接客の質が上がっていくのです。そして一流のサービスを提供するために、社員には一流に触れさせる機会を多く設けています。社員の研修も、一流のホテルを使っていますし、一流の方の話を聞く機会も沢山設けています。

【タクシーを市民に返す運動】

 これは昭和47年から始めた運動です。タクシーは利用者を選ぶ傾向がありましたが、本来は市民の足としてあるべきと考えています。市民のタクシーとして、清潔さと共に安全を提供することを進めています。技術の世界では様々なハイテクがありますが、サービスの面でも、ハイテクなサービスがあると思います。車いすのお客様の乗車も、積極的に行っています。
 私たちタクシーは、夜中も走っていることから救急時には素早く配車をすることができます。沢山の方、特にお産の方に利用されています。その他救急講習を受けた運転手による、救急タクシーも配車しています。

【市民の足として】

 私は、市民の足を確保するためにはタクシー、バス、地下鉄が有機的に結びつくことが必要と考えています。バスも鉄道も、何人乗っても経費は同じです。実際都心部での市バスの路線は黒字ですが、郊外部では赤字です。このため、郊外部の市民の足としてタクシーを活用してはどうか、と提言しました。
 朝の9時から夕方の4時までは路線バスではなくタクシーでピストン運転をすれば、早くなります。この料金はバス並みの料金にします。アンケートによると、このような足が確保できれば、「マイカー通勤をやめてもいい」と答えた方が沢山います。これにより市民の足が確保されるだけでなく、道路の渋滞も緩和されます。詳しくは、お手元の提言書をお読み下さい。

 青木氏の熱弁に引き込まれるような雰囲気の中、グループディスカッションを行い、それぞれの感想を出し合いました。
 交通政策は、都市を考える上でも非常に重要な課題です。都市における戦略的な交通政策を考えて行くにあたり、非常に機知に富んで斬新なお話をお伺いすることができました。

平成15年度 都住研総会 ●京都のまちづくりトピック ●まちかどエッセイ(飛騨古川町)

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