都住研ニュース

第49号 ●定例会ダイジェスト

 定例会では様々な講師を毎回お迎えして、各テーマの専門的なお話をお伺いしています。そしてグループごとにディスカッション・発表を行い、様々な専門性をコラボレーションする場にもなっています。
ここでは、これまでに開催した定例会のダイジェストをお伝えします。

■第54回(平成23年11月30日)

 「今ある住まいを長く使う」。これは住宅政策の主要課題です。しかし、築年数を経た住まいは安全・安心、快適性の面で課題があります。一方、手 を加えることで新築では得られない味わいを備えるものも少なくありません。
 定例会では、特徴あるリノベーションを手がける3名をパネリストとして迎え、事例紹介とともにパネルディスカッションを行いました。パネリストには、空室化が進むワンルームマンションで学生参加型のリノベーションを企画・施工し、学生のニーズに沿った物件の提供を行っている奥野氏、「大改造!劇的ビフォーアフター」でも紹介された、改修条件の厳しい京町家や長屋のリノベーションを地域の事情を熟知しながら進める坂田氏、そして「前衛で、素朴、純粋なデザインを」をテーマにマンションや店舗のスタイリッシュなリノベーションを展開される久田氏をお迎えしました。
 それぞれ個性的で先進的なリノベーションの事例を共有し、今後のリノベーションの可能性や事業性についてディスカッションしました。

ワシリコウ 〜ここまで来た!リノベーション最前線!」
スピーカー:
   奥野 雅裕 氏((株)長栄 管理部マネージャー)
   坂田 基禎 氏((株)坂田基禎建築研究所 代表取締役)
   久田 カズオ 氏(9(株) 代表取締役兼クリエイティブディレクター、(一社)リノベーション住宅推進協議会 前関西部会長)

■奥野雅裕氏

奥野雅裕氏 ○京都市内にはたくさんのワンルームマンションがあり、我々もたくさん管理しているが、苦戦もしている。入居率が下がり、家主の収益性を損ねている。そこで何か対策ができないかということで「スチューデントデザイナーによるマンションリフォームプロジェクト」を実施。
○私どもは競合物件との差別化のために「学生の街・京都」に着目して、学生自身の発想で学生が住みたい部屋を創造することを発案した。それが、本プロジェクトである。
○京都造形芸術大学の教授の指導の下、自分が住みたいと思うような室内のリフォームプランを提案してもらい、1年間を2期に分けて1期ごとに学生を募集、約4ヶ月をかけてプランを作成してもらい、プレゼン形式で提案してもらう。工事を受け持つ工務店にも同席してもらい、コスト面、技術面で実現可能かも判断する。
○実際のアイデアを紹介したい。これは部屋中がクローゼットでできている。床が全て引き出しになっていて、スタッキングもできるというもの。私たちは商業ベースで考えるので、このような飛び出た発想はできなかった。リスク考えたり、コスト回収に縛られたりしていた。
○これは、鮮やかな色のクロスを張って、コルクボードを貼り付けた。これは家賃が2000円のアップとなったが、コンセプトとセットで募集したところ、すぐに成約した。
○その他にも、「2000人のアーティストと 暮らす部屋」として壁一面にCDジャケットが見えるように並べられるものや、「好きなものを好きなように」と壁面の何所にでも棚を付けられるようなもの、間接照明を効果的に配した「スイッチ一つで部屋の印象を変える」、天井に木が聳えるようなインテリアの「木の生きる部屋」など、多様なアイデアを実際に施工してきた。私はこれらの部屋を実際に見て、成約するときにも居合わせたことがあるので、驚きとともに効果を実感している。
○強度の問題などの課題もあったが、工務店の方と話をしながら、実現に向けて頑張った。
○アイデア一つひとつはそれほど「すごい!」というものではないが、どこも同じような箱となっているワンルームマンションが溢れている中、暮らしていく中でできることは限られている。それを話題づくりとしてこのようなプロジェクトを一緒にPRして、他とは違った売り込みができる。そして市場での優位性を高め、「学生の街」に特化した学生マンションの収益向上に繋げている

■坂田基禎氏

坂田基禎氏 ○私は、これまでに「ビフォー・アフター」という番組に3度ほど出させてもらったことから「匠」と呼ばれて気恥ずかしい思いをしているが、先日紹介された、壁を共有した町家のリフォーム事例を紹介したい。
○これは、4軒長屋のうちの1軒のNさんからの依頼であった。相当な傾きが生じていた。そこのお隣のTさんが姪御さんと一緒に住む希望があり、一緒にリノベーションをしようということになった。
○Tさんの姪御さんは「町家かフェ風の家がいい」という希望があり、Nさんは傾きを直し、「とにかく明るく」という希望があった。住まい手がこんなことをして欲しいという要求がわかりやすいと、我々も提案しやすい。
○リノベーションをするときに、大事なことは耐震性をきちんと確保することだと考えている。
○この物件は、45cmほど傾いていた。先ずはこの方向きを直すとともに、長屋なので壁を共有しているため、今後の改修等を考慮して、従前の壁を挟むようにそれぞれに壁を新設した。
○姪御さんと同居するTさんは、お互いが干渉しあわずに、それでも気配を感じられるような配慮できるようにした。このために、床の一部を撤去して、吹き抜けを設けて明るくした。
○私たちの職能の一つに「まちなみを守る」というものがあると思う。町家の格子には用途に応じて様々なスタイルがあるが、これがまちなみを形成している大事な要素であると思う。リノベーションでは、西日を遮りつつまちなみを壊さないようなワンタッチで格子の角度を変えられるものを生み出した。
○京都のまちなみは、連続する美しさがある。私たちは、これを少しでも残していくことを大事にしていきたいと思っている。まちなみを考えると白木の格子はどうかと思う面もあるが、私自身町家で生まれ育ち、そこで暮らす感覚を実感しているので、それを大事にしたいと思う。最近は東京等からやってきた建築家が店舗などに変えて、靴のまま上がるようなことをしているが、それには抵抗があるし、京都の町家の文化を守る点からも疑問を感じている。

■久田カズオ氏

久田カズオ氏 ○私は、30歳までアパレルのデザインの世界に居た。デザインした服を作ってお店に置いていたが、1995年の阪神・淡路大震災のときに転職、工務店で大工として働き始め、ハウスメーカーの下請けや設計事務所の住宅を作っていた。素人からこの世界に入った。
○35歳の頃、再びデザインの世界に帰りたいと思った。まだ、リノベーションという言葉が出てきた頃だった。その時、自宅のマンションを一人でリノベーションをしていた頃だったが、「マンションのリノベーションでは、僕も戦えるのではないか」と考えた。
○新婚旅行がバリだったので、「バリみたいなのが良いなぁ」と考えながら、机やドアも全て自分で作った。そしてこれを「人に見て欲しいなぁ」と考えたところ、100組を超える方が来てくださった。
○住宅は、服と違って気軽には着替えられない。合わせやすい、着替えやすい「白いシャツ」のような住宅ができないかと塩屋のマンション(現在の自宅)に引越しした。築40年のマンションで、500万円で購入した。
○白いシャツのような部屋は、ネクタイを替えるだけで雰囲気が変わる。家具はネクタイのようなもので、好みに着替えられる。
○私が所属している「一般社団法人リノベーション住宅推進協議会」のご紹介をしたい。中古物件は新築と比べて不安、という人が多く、取引量も新築が9に対して中古物件は1程度となっている。中古の1のうちのいくつかが、リノベーションをする、という数的にはまだまだ少ない状況。しかし10年前と比較して「リノベーション」という言葉の認知度は徐々に上がってきている。
○会社名の「9」というのは、「10より少し足りない」という意味。残りの足りないところは、施主さんに補われるとわきまえている。現在スタッフは8名で、私とアシスタント以外は全て女性。受注方法はFacebookがほとんど。
○私がモード学園に入った頃は、学園内でもおしゃれな人はほとんど居なかった。しかし今はまちを歩く人もおしゃれになってきて、コーディネートを楽しむ人が増えてきている。この30年で大きく変わってきている。その背景にはビームスができたりと「コーディネートできるんだ!」というツールが広がったことが大きい。住宅に置き換えると、現在はまだ、30年前の服の状態に近いと思う。
○出来合いの服を買うか、オーダーメードするか、だけでなくコーディネートを楽しむような「選べる」システムがもっとできていくことが大事だと思うし、そうなれば、この業界も大きく変わる。

■パネルディスカッション


(1) 顧客との出会い、竣工後の反応について

坂田 仕事を通じて広がっていく、人の紹介で広がっていく、というのが多い。しかしテレビに出たことを通じて、オバサンがいきなり事務所のドアを開けて「お願いしたい」ということもあった。しかしこういうのはごくまれで、今でも人を介しての紹介が圧倒的に多い。
久田 私は自分で作ったのですら思い通りになっていないので、ましてや顧客の思い通りにするのはとても難しい、ということを実感している。紹介してもらっても、その人は気に入らないかもしれない。現在は、Facebookをメインにしている。現在「いいね」が1万を超えているが、このために相当の努力をした。写真をアップすれば、300から1000の「いいね」が得られ、また5000から30000人の人が見てくれるというのは非常に大きい。

(2) コンプライアンスについて

奥野 私どもはワンルームマンションを対象にしているので、特に大きな課題となったことはない。強度等については、その都度専門家と一緒に判断している。
坂田 新築については、当然のことながら法令遵守は必要。しかし町家などの物件については確認申請もなく、京都市の窓口とも相談しながら進めている。
久田 マンションのリノベーションはこれまで100軒ほどやっているが、半分ほどはスケルトンにして作り直しをしている。建築基準法というよりは管理組合との関係で、躯体に穴を開ける際の誓約書などはその都度やっている。

(3) リノベーションに必要な「エッセンス」は?

奥野 学生デザインのものをきちんと実際に施工することが大事と考えている。
坂田 新築と違い、リノベーションは今あるものを基本にしながら考えるので、将棋同様「今ある駒」をどう使いながらやっていくか、ということが大事。まさにパズルのような発想も求められる。
久田 日本の住宅には「スーツ」しかなかった。それを「住宅のデニムを作ろう」と考え、やってきた。汚れても破れても使い続けよう、得がたい愛着が得られるようにしよう、と考えている。そして現在、多くの工務店がスケルトンにして作り替えるリノベーションを手がけるようになった。だから私は、さらにもう一歩先に行きたいと考えている。

第19期総会を開催しました ●京都の住まい・まちづくり拝見!
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